ボランティア
ただいま。
帰ってきました。
1週間の石巻はあっとゆうまで、本当にまだまだ居たいと思う。
記録と、行こうと思っている人への情報として
この1週間を振り返ろうと思います。
8月19日
夜9時過ぎ 新宿に集合。
説明会で組んだ班のメンバーと合流して、6人でバスに乗り込む。
今回は夏休みということもあって
1週間メンバーが100人、短期メンバーが60人。
5台くらいのバスに乗って、いざ石巻へ。
8月20日(土)
朝、8時くらに石巻の専修大学に到着。
オリエンの話を聞いてそれぞれの宿へ。
私達1週間メンバーはほとんどが、専修大学のグラウンドのテント。
4人用テント。
作業のチームとしては、今はほとんどが漁業支援チーム。
他には、避難所の毛布などのダニを退治するダニバスターズや
支援物資を運ぶデリバリー。
まちづくりチームなどもあります。
準備をしてマイクロバスに乗り1時間。
鹿立港(すだちこう)へ到着。
牡蠣の養殖をメインとする港。
ここの側溝の泥かきが、今回の作業です。
ひたすら、泥をかきだし、土のう袋へ入れて、運ぶ。
熱中症を心配してたけど、今日は曇。
お昼はおにぎり2つと唐揚げのお弁当。
3時までもくもくとドカタ作業です。
専修から一番近くにあるコンビニは片道徒歩30分。
夕食(お弁当)を食べてから、とくにすることもないので
散歩ついでにコンビニへしょっちゅういってました^^
8月21日(日)
7時半のミーティング後、8時に出発。
今日は荻浜にある、1軒のお宅の掃除。
この荻浜には50軒くらいの家があったんだけど、
津波でほとんど流されたんですって。
この渡辺さん宅同様、築5年くらいの新しい家だけが5軒くらいが残っただけ。
2階の150cmくらいまでが泥に浸かったということで
壁をこわし、泥を丁寧に拭いていきます。
午後から雨がひどくなったので、外の漁業チームは中止。
バスの関係で家屋作業の私たちも一緒に中止になり帰宅。
道の駅にある温泉に行ける日なので
早いけど、お昼からお風呂タイム。
することもなく、テントでトランプやら、おしゃべりやら。
作業をしたくても出来ないのでみんな力が有り余ってるみたい。
8月22日(月)
朝から大雨の為、漁業チームは中止。
でも家屋の私たちだけは車で作業できることに!
壁をどんどん壊して、天井から壁から床までを掃除。
仕込みやバラシをしている感じ。
舞台の経験がこんなところで生きるとは・・・
意外と時間がかかり、今日も終わらず。
今日は旧北上川の河原で晩酌。
あ、ちなみに学校内では飲酒禁止なので、外にでなくてはいけません。
8月23日(火)
今日も渡辺さん宅。
2階がやっと床まできれいになり
2階は土禁に!
ようやく「おうち」に近づき、本当に嬉しい。
休憩中にお母さんから3・11当日の話を聞かせてもらったり
一緒に冗談をいいながら掃除したり
お父さん、お母さんとたくさん話せた日。
帰ると、街の方からの炊き出しがあって
久しぶりに温かいごはん。
豚汁とサバの唐揚丼。
本当においしかった~
こちらこそ「ありがとう」です。
8月24日(水)
今日で渡辺さん宅は最後。
1階の納屋と事務所を完全に水洗い。
拭いても拭いても泥が完全には落ちない・・・
こういった丸洗いを3回はしないといけない って専門の人が言ってたみたい。
今日で最後だから、このあとは個人でやっていかなきゃいけないんだよね。
まだまだ大変だな。
掃除機を持ってきて、2階で掃除機かけると
お母さんが
「この家で掃除機の音が聞けるなんて・・・嬉しい」
「震災のあの日ぶりだなぁ~」
って。
そんな一言一言がグっと心にしみる。
実家のおウチとリンクしてきて、
自分の家の様に感じる。
今日はお風呂の日。
夜、道の駅の温泉へ。
8月25日(木)
今日は鹿立の側溝作業。
60人くらいの大人数での作業なので、あっという間!
「1人の100歩より、100人の1歩」
本当にそうだなー
久しぶりのドカタ作業でクタクタ。
今日もお風呂に入れるので、泥だらけになっても平気^^
8月26日(金)
作業最終日。
今日も鹿立。
ピースボートとしても今日が鹿立が最終日。
ブリジストンの企業さんと一緒に側溝作業。
3日間同じ場所にいれたので
鹿立にも愛着が・・・
家もインフラも復興してないところもあるけど、
まずは仕事(漁業)を再開できるようにしないとね。
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バスからの風景。
街中は結構お店も復興している。
そして、ガレキを集めている場所があるんだけど、
かなり広い!東京ドームが3~5個くらい入るんじゃないか?
いいすぎかな?
大学裏の山から。
夜景が綺麗。
それだけ復興した証。
当時はこの明かりが全部なくて真っ暗だったんだろうな。
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渡辺さんは先月やっと仮設住宅に入れたらしい。
4ヶ月も避難所か・・・
「毎年海外旅行に行くのが楽しみだったんだけどね」
「でも今、旅行と同じ、非日常の生活してるけどね。」
なんておどけてみせるお母さん。
家の片付けも、周りの流された人たちの事を気にして
なかなか行けなかったりということもあったみたい。
鹿立の石森さんは
家が全部流されたのにもかかわらず
大きな声をだして、漁業復興の先頭に立っている。
「起きている時は、この風景が夢じゃないかと家があった場所をみてしまう。」と。
「寝ている時は、3・11以前の地球がもう一つあって、みんなでロケットに乗って避難する夢をみる」と。
数年後。
完全に復興した港を見に行きたいな!
実際もう少し復興していると思っていた。
街はだんだんと再開している店があるけど、
少し車で走ると、まだまだで
土砂や泥をかき出しただけって感じで
1軒1軒本当にきれいにするには、たくさんの時間がかかるんだなって思った。
メディアで取り上げられなくなって
だんだん記憶が薄れてきて
もう大丈夫だろうって勝手に思っていて・・・
でも実際は、食には困ってないけど
おウチはもちろん、お風呂とか、電気とか、仕事とか
まだまだ整ってなくて
ひとつひとつ、丁寧に地道にやっていくしかないんだな。
でも街の人たちが
元気で、復興しよう!って前向きになっていることが印象的だったな。
「がんばっぺ!石巻」
「がんばろう、東北!」
「ありがとう」
そんな言葉がたくさん街にはってあって
活気があった。
東京に帰ってきて
これから、何ができるのか?
何をするべきか?
考えたいと思います。
1週間行っただけで、満足せずに
この気持ちを 続けて、つなげていかなくてはいけないな。
これが
「絆」なのかな。
今回
本当に行ってよかった。
ボランティアって思うよりも簡単で
簡単っていうのは楽っていう意味じゃなくて
身近?っていうのかな。
申込の電話を1本すれば、できちゃうことで
そのひと押しの勇気さえあれば簡単なんだなって。
素敵な仲間とも出会えたし
一歩踏み出す勇気だね。
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